モンテディオ山形がある幸せを感じながら、テーマは手広くつらつらと…
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被災地に行って…
2011年04月13日 (水) | 編集 |
お久しぶりでございます。

前回のブログは、Jリーグ第二節のアウェー新潟戦の前々日でした。

そして、前日の3月11日。

超巨大地震と想像を遙かに超える大津波が東日本を襲いました。

自分はその時、庄内にいましたが冷静でいられる程度の揺れでした。

すぐにラジオをつけましたが、とんでもない地震だったことが徐々に

明らかになっていきました。


で、タイトルにした通り、この前の日曜日に気仙沼に行ってきました。

気仙沼には20年近くお世話になっている仕事上での大先輩がいます。
(自分は年下のくせに友達感覚ですが…)

なかなか連絡が取れず、心配しておりましたが

家族全員無事!との連絡をいただき安心しました。

しかし、家は流されてしまったとのことでした。

海には比較的近い距離でしたが、結構高台だったので「まさか?」という思いでした。


山形も物資がある程度手に入るようになり、ガソリンもほぼ平常時にもどったので

遅ればせながら、支援物資を運ぶことになり

被災地へ行かせて貰いました。


親類のところに避難されてましたが、そこも周りは山しか見あたらない

場所にも関わらず、低めの箇所は瓦礫の台地と化してました。

支援物資を届けた後、その知人に気仙沼の市街地を見せて貰うことになり…

というのも、仕事などで気仙沼には何ヶ月も居たことがあって

もちろん前の町並みや、海との位置関係もそれなりに把握してます。

そして、その知人に

「この現状を見ておいてほしい。」

と、言われたことで、目を背けてばかりじゃいけないし

けっして対岸の火事ではないことを認識する為にも

邪魔にならないよう、車内からを中心に見せて貰うことにしました。

少し写真も。

震災1
右側にある松のいちばん下の枝から、少し下がったあたりに跡が

あったので、この辺まで津波がきたようです。

写真では解りにくいですが、海抜で20mくらいだそうです。

震災2
前は道路の両側には、建物がありましたし、海側には線路もありました。

震災3
右側に大島が見えますが、前は建物がたくさんあったので見えませんでした。

震災4
つい最近まで、普通のくらしがあった場所なんですよね。

見渡す限りこの光景です。


言葉が出ませんでした。


今の自分にできることは?

震災後、常に考えてますが、たいしたことが出来る訳もなく

身近な人への支援や節電や少しばかりの募金。

それくらいしか、今の自分にはできません。


ただ、被災地の方々を見て、

うちらが沈んではいられない!

そう思いました。

被災地はどんどん前へ進もうと、歩きはじめてます。

自分たちの生活も維持しながら、被災者の方や復興の支援に

なることを、少しでもそして長くできればと考えてます。

もちろん、再開するJリーグやモンテを盛り上げることも

そのひとつだと思ってます。
(サッカー界もいち早くいろんな活動してますし)

そして、いつかまた復興した気仙沼で、おいしい魚が食べたいです!

魚のほんとうのおいしさを教えてもらった町なんで




がんばろう日本! チカラをひとつに!



すみません。何を書いたらいいのか、なかなかまとまりません…


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